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あなたの傍にある、愛おしい日常。

『買えない味』平松洋子/筑摩書房


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"買えない味。そのおいしさは日常のなかにある。"

フードジャーナリストの第一人者が綴る、日々の食にまつわるエッセイ集。
なるほど食のエッセイね、と思って目次を見れば、「指」「注ぎ口」「皿洗い」と
少々意表を突く項目。

そこで、なんとなく興味が湧いた項目をつまみ読みすると......あれ? 
不思議と頭から余計な力が抜けていき、一日の労働で重くなった身体へ、
まるで爽やかな風が吹き抜けていくようだ。

描かれるのは、あまりに愛おしい私たちの日常。
細部に手間をかけることがいかに生活者にとって大切なのか、リズム感ある独特な文体に乗り、読む者の心へ軽やかに染みこんでいく。

さらりさらり読み進めてもいいし、気に入った掌編は繰り返し味わってみるのもいい。
一噛み一噛みゆっくり辿れば、やがて文章の奥に存在する、
ある種の"丁寧さ"にはっとさせられる。

それはいつもそばにあるのだけれど、おざなりにしていた感覚。
意識して鍛えなければ少しずつ失われ、やがては静かに消え失せていく貴重な日常。
わずか3ページの掌編を読むだけで、生活を捉える角度がこんなに変わるなんて。
そう、それは食べることに似ている。(書店員T)


〈荒波観測 キーワード抜粋〉


じゅわっ、わずか一滴。
けれども、それが天と地をまるきりひっくり返してしまうひとたらしがある。
おや? ひとたらし、って口にしてみれば「人ったらし」と似てますね。というか、ほとんどそのまんまだ。騙すのじゃない、当人にその気があってもなくても否応なくひとを魅了してしまう、
奇妙にエネルギーを与えてしまう。
「人ったらし」というのはそういうアブない魅力のある人のことだ。
で、ひとたらしの話だ。「人ったらし」さながら、こやつの名前はレモンである。


なるほど「つくるひと」は「洗うひと」でもあった。生活をするということは、つまり、洗ったり片づけたり掃除したりすることでもあった−−−−世の理である。暮らしのじっさいというものは、そこを渋々呑みこむところからスタートを切るほかないのだった。


もくもくと食べる。なにもかんがえず、ただもくもくと食べる。
おいしいとかまずいとか、もう少し薄味ならいいのにとか七味があったらとか煮過ぎじゃないのとか、いっさい頭に浮かべない。もくもくと箸を動かす。すると、静かに充ちて落ち着く。
冷やごはんは、たとえばそういうものだ。


それは、頂点に達した盛りがそろりそろり下降線をたどる始めごろ、または静かに滅んでゆくおしまいの手前ごろ。熟れた味わいはあきらかになにかが過剰なのだが、そのなかにひっそりすがたを隠しているのもまた、「うまみ」である。


わずか電話一本、行ったこともない京都の老舗の鍋セットとか北海道のたらばがにとかトスカーナの絞りたてオリーブオイルとか、つまりお金さえ出せばなんでも手に入る時代である。もちろんその便利さおいしさはいうまでもないのだが、いっぽう「金に糸目はつけんぞ」といくら騒いでみても、けっして買うことも出合うこともできない味がある。


『買えない味』
平松洋子 (著)
出版社:筑摩書房 ( 2006/05 )

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