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一篇のドキュメントから人生を紐解く。

『スローカーブを、もう一球』山際淳司/角川文庫

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"ふと思い出した台詞がある。
ヘミングウェイが、ある短篇小説のなかでこんな風にいっているのだ。
「スポーツは、公明正大に勝つことを教えてくれるし、
またスポーツは威厳をもってまけることも教えてくれるのだ。要するに......」といって、
彼は続けていう。
「スポーツはすべてのことを、つまり、人生ってやつを教えてくれるんだ」
悪くない台詞だ。"

太陽が眩しすぎて何もやる気にならならい夏の日には、
不朽のスポーツ・ノンフィクションを一冊持って、旅に出てみるのがいい。

僕がおともに選んだ一冊には、あの「ナンバー」創刊時に話題になった一篇のドキュメント『江夏の21球』に代表されるエッセーの名作がずらりとならぶ。

今は亡き、横須賀市生まれのスポーツ・ノンフィクション作家が紡ぎ出す言葉には、
スポーツをよりドラマティックにさせる魔法の力がある。
それは、一瞬のうちに起こっては消え去る、筋書きのないドラマを、丁寧に丁寧に紐解き、
ありのままに描写する作業を繰り返しているから。

まるでタイムトリップして、緊迫のシーンに居合わせているかのように、
アスリートたちの息遣いや鼓動までも聞こえてきそう。
これこそが、ノンフィクションの凄みだと思わせてくれる。

『たった一人のオリンピック』では、立つはずだった華やかな夢の舞台が、
幻と消えてしまった一人の男を描いている。
ひょんな動機からオリンピックの金メダルを目指すことになったのだが、
20代のすべてを投げうって、それだけにかけてきたアスリートは、
いったい何を思ったのだろうか。
過去最高のメダル数を獲得したロンドンオリンピックの年に、
この短篇は、あまりに対照的で感慨深い。

今や伝説として語り継がれる、IOC会長のクーベルタンの言葉がシンクロする。
「勝つことではなく、参加することに意義があるとは、至言である。
人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである。
根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。」

ドラマは突然起こり、その瞬間は二度とやってこない。
わずかな差で、勝つひとがいれば、負けるひとがいる。
そして、泣いても笑っても、それでも人生は続き、歩み続けなければならない。

限界を超えることを宿命づけられたアスリートたちの苦悩を感じながら、
それでも爽やかな風に包まれるような気分になるのは、
人生の中でもっとも輝きを放つ"一瞬"がそこに存在するからだろう(書店員H)


<荒波観測 キーワード抜粋>

両チームの選手たちがホームプレートをはさんで整列した時、永野主審は他の審判に同意を求めるようにいった。《このゲームに限り、選手同士、握手するのを認めよう。》本来、それは妙な流行になるという理由で禁止されていることだった。(『八月のカクテル光線』より)


江夏が佐々木を2-1と追い込んだとき、衣笠がマウンドに近寄った。そこで衣笠はこういったのだ。《オレもお前と同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなんて気にするな》
(『江夏の21球』より)


ある日、彼は突然、思いついてしまう。オリンピックに出よう、と。その思いつきに、彼は酔った。「もし、それが実現すれば」と、彼は思った。「なんとなく沈んだ気分が変わるんじゃないか。ダメになっていく自分を救えるんじゃないか」(『たった一人のオリンピック』より)


ハングリーだ、ハングリーだといい続け、苦しい、つらいといいながら練習に耐えなければチャンピオンになれないんだというテーゼを、春日井はくつがえしたかったのだ。なぜなら、どうあがいてみても彼はハングリーになどなりえなかったからだ。(『ザ・シティ・ボクサー』より)


川端はスローカーブを投げたあと、いつもニヤッと笑いたくなってしまう。ストライクが入ったときは、たいていそうだ。それは、「やった!」と快哉を叫ぶ笑いではない。ざまあみろと相手を嘲笑する、そういう笑いでもない。ただ、スローカーブを投げたときが、一番自分らしいような気がしている。(『スローカーブを、もう一球』より)


『スローカーブを、もう一球』
山際淳司
出版社:角川文庫

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